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玄関の郵便受けに不在配達の通知が入っていた。先日、電話注文したビタミン類のサプリメントだった。夕方六時の時間指定をしておいたはずなのに、面倒なことになった。これで、帰宅の時間がもう一日拘束されることになる。畳にじかに置かれた電話器の赤いランプが点滅している。留守録音が一件。兄からだった。六月の第二日曜日に母の一回忌法要をするという。体を空けておけという話だ。シャワーを浴びてから、缶ビールのプルトップを開け、ペペロンチーノを作り始めた。食事はできるだけ採るように務めていた。食事のあと、テレビをつけたまま、買った雑誌を眺めるともなくページをめくっていると、ニュースであの事件の続報が流れてきた。死んだ幼児には、およそ一カ月にわたって折檻が行われていたらしい。 ゴールデンウィークが近付いてきたが、このバイトは、普通の暦より、一日後へずれることになる。休み前に使われた事務所を、休みの日に片付けるからだ。人と違う日に働き休むことになんの抵抗もなかった(もっとも働いているという実感はなかった)が、Uが一方的に指定した土曜日には、食品メーカーの営業所の清掃が待っていた。 Uと待ち合わせる場所は、黒いねじれたオベリスクのようなオブジェの前だった。Dホテルの広い車寄せに据え付けられている。高さはゆうに十メートルを超える。台座に作品名が刻まれてあって『プレゼンス』とある。どうやらレッド・ツエッペリンのCDジャケットが元になっているみたいだ。 約束の時間に行くと、すでにUはその[存在]にもたれかかり、電話をしていた。OL時代にはスカートもはいていたし、スーツの一着も持っていただろうに、ぼくは彼女のジーンズ姿しか見たことがなかった。夏日の気温、という予報が当たり、彼女は萌葱色のリネンのノースリーブという出で立ちだった。もっとも腰にはジージャンを巻いていたけど。 「おまたせ」と言うと、彼女は口に人指し指をあてて左目でウインクしてみせた。彼女は小柄で実年齢より若く見られたから、他人から見ると、そのウインクは援助交際に見えたかも知れず、ぼくはたじろいだ。 「お昼はすんだ?」とUは携帯電話をパタンと閉じながら言った。 「まだだよ」 そう誘われると思って、食事は抜いて来ていた。 「エライ。鯖の塩焼き定食はパスしてきたのね」 「言葉は正確に使った方がいいね。あれは定食じゃない」 「毎日食べていたら、同じようなものじゃない」 無謀で生産性のない会話に、ぼくは微笑み返した。Uは食事をすることを決めていたらしく、目の前のDホテルへさっさと入って行く。どうも地階にあるイタリアレストランを目指しているようである。イタリアン・クッチーナ・アスペルジュという店だった。文字どおり店内はグリーンが基調のインテリアで統一されていた。 ぼくはビールと魚介類のピッツァだけをオーダーしたが、Uはモツァレラチーズと春野菜サラダ、真鯛のグリル、バジルソースパスタ・アスパラ添えのランチコースを選んだ。それから、彼女は思い出したかのように白のハウスワインを追加した。 乾杯、と言ってグラスに口を付け、話しだした彼女の言葉は唐突なものだった。 「もう一人のあなたを見たのよ。うーん、でも、あなたはJRを利用しているでしょ。K電車には乗らないわよねぇ」 UはK沿線に暮らしていた。 「まったく乗らないことがあるわけないでしょうが。まぁ、ここ半年ぐらいは乗っていないけどね。で、K沿線でぼくを見たの?」 ぼくは笑って応えた。 「そうよね。でもそうすると変なことになってしまうのよ。もともと変な話なんだけど」 Uも自分の言葉をどう選んでよいものか分からない様子で、話が噛み合わない。 「あなたじゃないってことを確かめたかったけど、アレは絶対あなたなのよ。でも、今、こうしてあなたの前にいると、あなたでもなかったみたいに思えてくるし.......」 確かに電話ではすまないような話だった。顔を見ていないと冗談になりかねない。しかし、ぼくは 「他人のそら似でしょ」と、それこそ他人事のようにビールを飲み干し、笑みと一緒にお代わりをオーダーした。 今風の女の子ように軽い言葉遣いをする彼女だったが、内面はもっと論理的だった。落ち着きを取り戻す努力の表れのようにうつむき加減に頬杖をつき、そして、軽く頭を振り、それから 「........順番に説明するわね」 とゆっくり言った。彼女の話はおおよそ次のようなものだった。 .........つづく
トマトと切らしていたニンニクと道すがら飲むためのビールをひと缶買った。今晩はペペロンチーノにトマトを入れよう。軽い荷物ひとつを下げて坂を上っていく。丘陵内の公園にさしかかると、奇妙な風景が目に飛び込んできた。遊歩道から分れ、頂きに登っていく地道のとば口にぽつんと、小さな乳母車のようなものが放置されていたのだった。近付いていくと乳母車に見えたものは、足腰が弱ってきた老人が歩行の支えとして押して歩く、四輪車だった。疲れたら、腰掛けられるようになっている。団地の回りで、これでよく日なたぼっこをしているお婆さんを見かける。乳母車ではなく、これを何と呼べばいいのだろう。商品名ではなくて一般名詞の呼称を考えたが思い付かなかった。それにしても異様に思えた。この四輪車をたよりにして、緩慢なここまでの坂を登ってこられたとしても、枝分れしたこの急勾配の入り口の前から持ち主はどこへ消えたのだろう。そばに寄ってみると、K村キクと名前が書かれてあり、併せて住所も記されていた。この近所である。ぼくは好奇心にかられ、手ごろな柵に腰掛けて、持ち主が帰ってくるのを待った。 雲が流れ、湿気を帯びた生温かい風が吹いてきた。思わぬ展開で、缶ビールが足りなくなってしまった。カラスはさらに奥の山に向かっていた。キクさんは何処に行ってしまったのだろう。煙草をとりだし、火をつけようとしたが、風でなかなか思うようにライターがつかなかった。やっとの思いで火を付け、煙りを深く吸い込み、大きく吐き出す。青い煙りは瞬く間に風に運ばれ消えてしまい、ぼくの肺と頭の中に軽い麻痺の痕跡を残す。 分身が死ぬっていうことは自分も死ぬということだ。 放置された四輪車。 吸い終わった煙草を足でもみ消し、スニーカーをぼーっと見つめていた。そうしていると、あぶり出しのように、地を這う十数匹の蟻が現れ、目の焦点が絞り込まれた。じわっと現れ、そして急に像を結び映像が確定する。ものを見るという行為にはしばしばこういうことが起きる。ぼくは憑かれたように蟻を見つめていた。そのとき、ガサッガサッと坂道を下ってくる足音がした。矍鑠としたお爺さんが、筍をひと抱えしておりてきた。そして、キクさんの四輪車の座席部分の蓋を開け、筍をどさっと放り込み、駅の方へスタスタカラカラと四輪車を押して消えてしまった。 呆然とその後ろ姿を見送るしかなかったぼくは、しばらくして声をだして笑いだしてしまった。さっきの感傷は何だったのだ。酔いが手伝っていたのだろうか。いましがた起こった、ぼくの思い込みによる馬鹿げた笑い話を、Uに話さなければと思いながら再びアパートへ足を向けた。道すがら、声こそだして笑わなかったが、顔はにやにやしていたに違いない。そして、なぜか口元がもぞもぞしてしまう裏切られたことによる満足感があった。あのお爺さんはキクさんの旦那さんだろうか? 蛸公園までくると、すべり台の片隅に、山鳩の羽がべとっと散乱していた。カラスが山鳩を襲ったのだろうか、猫だろうか。 ぽつん、と一滴の雨がぼくの鼻っ柱を打った。 ..............つづく 晴天に近かったが、P駅は風が強かった。昔、この地には駅がなかったという。市街から遠く離れた丘陵地に公営団地が建ち始め、小さな商店街ができ、駅ができ、大手のスーパーもやってきたというP市の西外れにある地区だ。谷間を貫いていた線路の上に高架橋を渡し、その下に駅をこしらえた。谷の駅には夏も冬も一年中風が吹き抜ける。帽子を片手で抑えながら改札への階段を上り、通り抜けてからさらに地上への階段を上がる。西部公園は陸上競技場、野球場、ソフトボール場、テニスコートなどを備え、豊かな緑に囲まれ、全体を一周できるように設計された六十ヘクタールはある大きな公園だった。中央広場にそびえる時計塔が眺められるベンチに腰を下ろした。時計塔の回りから噴水が吹きだし淡い虹が架かる。ここに時々やってくるようになったのは、三月の中ごろからだった。 ぼくは思い出していた。陸上競技場に沿って流れている川の対岸にある小径のベンチに座り、川岸に燃えるレンギョウと雪崩れるユキヤナギを眺めていたときのことを。その時期には中天を越えて、西に傾きかけた陽の中にレンギョウはクリムゾンレッドの葉先をオレンジに染め、白いユキヤナギはしなだれるほどに暗い影をおとしていた。その対比が火口から流れ出る溶岩のごとき血と膿とガーゼをぼくに思い起こさせ、痛々しく、胸を息苦しいまでに圧迫した。しかし、そのときから、ここは再訪すべき場所となった。 青天井の下、ぼくは間欠泉のように規則正しく水柱を出現させる噴水を見ながら、炎天下のアルコールの酔いに身を任せていた。そのとき、携帯電話が振動した。相手はUだった。Uは数少ない、気の置けない女友だちで、いつもぼくが酔っているときを狙ったかのように電話をかけてくる。 「元気にやってる?」 と彼女は切り出した。 元気もなにも、ぼくがある種、難病の持ち主であることは彼女が三番目に知っているはずだ。一番目がぼくで、二番目は医者だ。 「今週、いつでもいいから会ってほしいの。昼からなら時間とれるでしょう」 「時間はあるけれど、暇というわけじゃないよ」 「それは知っているわ。あなたが散歩にお忙しいことは。だから、わざわざ電話をしてお伺いをたてているんじゃない」 「それはどうも。それじゃ、ぼくが、今、お忙しいのも分かっているよね。電話じゃ言えないこと?」 「まあね。話は複雑なのよ。どうせ、毎日、昼間のビールに酔って、公園をぶらぶらしてるんでしょ」 「酔ってはいるが、今は、ぶらぶらはしていないよ。ベンチに座っているんだ」 今日はなぜか言葉が乱暴だった。出版社の男のだるい饒舌のせいかもしれない。 「えらくご機嫌が悪いみたいね。まぁ、いいわ。わたしが決める。今週の土曜日、一時、いつもの所でね」 と言うと、向こうも機嫌を損ねたのか、一方的に電話を切ってしまった。 Uは短大を卒業して二年間OLをしたあと退職し、現在は写真の専門学校に通っていた。ぼくより十五歳下だったが、Uと話すときは歳の差を感じることなく、いつも気楽に打ち解けていた。 彼女はぼくのことを、ぼくの回りにいるその他大勢の女性がするように、過小評価も過大評価もしなかった。ただ、観察するだけだった。観察して、ぼくの中にぼくの物語をつくり、自分の適役を定める。そして、いつも、ぼくを社会というものにソフトランディングさせようとする黒子との一人二役もこなしていた。ぼくは気づかないふりをしていた。黒子を指差して公衆の眼前にさらすのは、誰にも許されていないはずだ。そして彼女は、ぼくが気づいていることを隠しているのも了解していた。 いつのまにか、雲がでてきて、陽が陰り、やがてひと雨きそうな空合いになってきた。噴水を挟んで真向かいにある藤棚の下に座っていた中学生らしき二人連れも、デイパックを肩にかけて帰ろうとしているみたいだ。陽気に満ちた時間が終わろうとしていた。そろそろぼくも、腰を上げ、夕飯の材料でも買いに駅前の商店街に行かなければならなかった。 .........つづく ぼくは、朝、出版社で出会った男との会話を思い起こした。 「昨日、また子供が親に殺されたらしいなぁ。ひどい親がいるものだ。といっても、この手の事件は珍しくなくなってしまったけれど。一体、日本はどうなってしまうのだろう。お兄さん、不安にならないか?」 「オレの生まれた時代はまだ、貧しさが残っていた。だから、親たちは努力した。経済的にも子育てにもね。でも、虐待死を起こす親たちは、何も努力していない。自分の言うことを聞かない、泣き声がうるさかった、そんなことは子供の特権じゃないか。いい大人が泣きじゃくっているんじゃないよ」 「こういう親は死刑にすべきだよ。だって、自分の分身を殺したんだよ。分身が死ぬってことは自分も死ぬということだ。そう思わない? 神様だって放っておかないだろう。もっともオレは無神論者だから、社会、国家の名において死刑にするべきだと思うんだよ」 新聞によると、事件のあらましは次のようなものだった。Q市M町に住む、無職の父親が泣き止まない息子を殴り、気絶したところを布団でくるみ押し入れに三日間放置し、死に至らしめたというものだった。仕事から帰ってきた母親は息子の居場所を問い正したが、夫の実家に預けた、という言葉をそのまま信じていたという。確かにこのところ連鎖反応のように起こっている事件の一つだった。ただ、この事件が少し特異だったのは、同居していた母親方の祖母が見て見ぬふりをしていたことだった。祖母もまた、義理の息子の暴力を恐れていた。母親は自分の分身のみならず、もう一つの分身、実母さえも失ったことになる。 ぼくはテレビのコメンテーターとさほど変わらない男の話をじっと聞いていた。それはほとんど独り言だった。ぼくはひと言だけ男に 「お母さんはご健在ですか」 と尋ねた。 ぼくは一時間ほどでビールを四本空け、煙草を六本吸い、少しふらふらしながら帰りの電車に乗った。P駅に着いたら、天気もいいことだし、アパートと反対方向にある西部公園に行こうと思いながら、しばらくの眠りについた。 ..........つづく バイトが終わると、本屋へ足を運んだ。予約していた雑誌のバックナンバーが入荷したと昨日電話をもらっていた。雑誌は九十二歳で亡くなった、一人の天才画家バルテュスを特集したものだ。虚空に定まらぬ視線を遣る少女、凝固した表情、静止した光と構図。どれをとっても背後に死を配した物語がぼくには感じられた。ほかの絵画のように、躍動や生命力に心動かされるのではなく、観察をし、その画布に現れた物語を解いていくような。展覧会に行ったときは、カンバスに塗り込められた思索の森を散歩しているかのようだった。ひとつの物語に足を止め、じっと見入る。道、商店街の片隅、少女のいる部屋に、ぼくは座り込んでいたり、棒立ちになっていてもかまわない.......。遅い朝食と早い昼食をかねて、商店街の中にある、いわゆる一膳めし屋に入る。決まって、いつもの店で同じものを注文する。ただ、今日違っていたのは、雑誌があることだった。ページを繰りながら、文章は後回しにして、まず、絵に目を遣る。バルテュスを眺めながら、冷ややっこ鯖の塩焼きとみそ汁と小ごはんを食べている人物は、今、世界中でぼくだけだろうと思うと妙におかしく幸せだった。 食事の後にはときどき商店街をぶらりとした。昼時の買い物客は比較的少ない。平静と欲望が混在している街。娘の靴下を買い求める主婦、バーゲンの服を物色する学校をさぼった女子高生、昼からすし屋に行列をなす人々。パチンコ屋の音楽とダミ声が自動ドアの開閉に合わせて、通りに溢れだし、その中に風俗店の呼び声が入り交じる。路地の吸い殻、中華屋の残飯、溝に逃げ込むネズミ。ぼくもネズミのように昼からやっている居酒屋に飛び込んだ。これはいつもの習い性だ。瓶ビールと枝豆を頼んで、両肘をついた。コップになみなみと注ぎ、一杯目はひと息で空にした。そして頬杖をついた。 ........つづく
バイトを始めてまだひと月も経っていなかった。朝白む前に起きだし始発電車に乗る。駅まではまっすぐ行けば十五分ほどだが、時間に余裕を持ってアパートを出る。裏道を抜け、鬱蒼とした丘陵を横切って駅へと向かう。丘陵の入り口には半径七メートルほどの広場があって、蛸を模したすべり台が円の中心に設置されてあり、「火の用心」と書かれたリスの看板がコナラの木に取り付けられている。すべり台には猥雑な絵や言葉がスプレーでなぐり描きされていた。 早めに部屋をあとにするのは、ゆっくりと歩いて、毎朝毎朝の風景や出合いを脳裏に焼きつけるためだ。通称、蛸公園を過ぎると二十段ほどの階段がある。コンクリートでつくった贋の丸太で各段は縁取られている。朽ち果てることのない階段だ。潅木の薮の中で山鳩が啼いている。ドゥボッ・ドゥルルー、ドゥボッ・ドゥルルー。潅木から喬木へと木立が東北の方へ向かって連なり、丘陵の中腹辺りに遊歩道が通っている。駅へ向かう右手の斜面には、遊歩道から枝分かれした地道が細い葉脈をなしている。一本の葉脈はむき出しになった古墳の石室へ通じ、また、ある一本は須佐之男命を祀った神社へ通じ、神社の裏には澱み濁った池があった。 雨が降っていない限り、必ず出合うのは犬たちだった。鎖でつながれていない犬が五匹散歩に出ている。飼い主とは口をきいたことがない。犬たちは決まって石室の方へ疾走して行き、曲り角で主人を待つ。犬はぼくに視線を向け、よだれをたらし、そして匂いを嗅ぐ。犬は自分にとって有益なものとそうでないものを判断する一日を始める。ぼくはしばらく見つめてから歩みを続ける。 しばらく行くと、またひとつ竹林に囲まれた公園があってゴミ箱が二つ置いてある。昼はのら猫が群がっているが、早朝はカラスが占領している。何十羽というハシブトガラスが集まっている。あるものはゴミ袋をつつき、引っぱりだし、ピョンピョン跳ね、あるものは高い枝にとまったままクゥアークゥアーと啼いている。たまに、人に向かって飛んでくるものもいて、ぼくは尖端恐怖症なので、しゃがみ込んでしまう。ぼくにとっては、あの悲嘆のだみ声よりも、黒い嘴が何よりもカラスのカラスたる所以だった。 公園を抜けると、だらだらとしばらく下り坂が続く。左手に公営の団地が見えてくる。駅が近付いてくる。駅前に小さな商店街があって、ぼくはまだ開いていない酒屋の自動販売機で決まって缶ビールと新聞を買う。ここの駅には売店というものがない。ビールを一気に飲み干し、五時十七分の始発に乗り込む。これが毎日のこと、生活に変化を求めることは嫌だった。車内はまばらというほどでもないが、二、三人分ぐらいの余裕をもって乗客がそれぞれに所在なく座っている。居眠りする老人、マンガ雑誌を読む若いサラリーマン、メールを打つOL、経済新聞を読む中年、ヘッドフォンで音楽に聞き入る高校生.......... 。すべて退屈の産物だった。そこには事故でも起こらなければ共通の物語が成立しない無関心さがあった。 今朝のぼくにとっては、その無関心さが、むしろ心地よいともいえた。ぼくは、新聞に目を凝らし、昨日の「幼児虐待致死事件」の記事を探していた。 .........つづく
「おはよう」 と、いきなり声が聞こえ、一瞬ビクッと体を硬直させた。孵化する前のさなぎのようにこわばった体の定位置に、いったん飛び出しかけた心臓が戻り、激しい鼓動を打っている。間のびした声だったが、その声は誰もいないはずの事務所のソファの向こうから聞こえてきた。 「ごくろうさま」 声の主が頭を掻きながら、もぞっと、背もたれから体半分を起こしてみせた。 「いつも散らかっていてすみませんね」 と、その男は言った。 「今までお仕事ですか?」 と応えたぼくの言葉は右手でサインをするかのようにぎこちなかったにちがいない(ぼくは左利きだった)。 男はどうやら、徹夜仕事を終え、仮眠をソファでとっていたらしい。 「どうも紙を使う仕事は事務所が散らかってだめだなぁ。お兄さんもごみがかさばって、嫌んなるでしょ。頭にきたときは、『整理整頓、ゴミだすな!』って貼り紙をしてもらっていいよ」 うん、それがいい、うちの社の者はだれ一人としてそんなことをしようとはしないもんな、と男はひとりでしゃべり続けた。歳恰好が同じぐらいに見えるから、気を許しているのだろうか、それとも、ぼくを見下しているのだろうか。 ぼくは去年の九月に仕事を体調不良で辞めてから、半年ほどの間、僅かばかりの貯金と、失業保険で暮らしてきた。再就職といっても、半年をぼーっと過ごし、一日中働く気は失せてしまっていた。また散歩する時間を確保したかったので、ちらしで見つけたビル清掃のバイトを始めた。正確な時間は決まっていなかったが、朝の六時ごろから四時間ほどの仕事で、社員が出社してくる前にゴミをかたづけ、灰皿を洗い、空き缶やペットボトルをまとめ、床を掃いて磨き、トイレの掃除をしておく。小さなビルに入っている三社ほどを日替わりで任されていた。そして、今朝は旅関係の雑誌を出している小さな出版社の清掃の日だった。 他の二社に比べると手間のかかる事務所だったが(出版社ってどこでもこんなに床に本やら書類が積み上げられているものなのだろうか?)、ぼくはここの清掃を密かな楽しみにしていた。旅関連の書籍、雑誌が書架にズラリと並んでいる。仕事の合間に盗み見をさせてもらっていた。まるで、高校生のぼくが図書館で彼女と待ち合わせするかのように。 S 郡を流れるS 川には鮎やアマゴの他にその川にしか棲息しない幻の川魚がいるという。土地の人はそれを食べるのだろうか、保護に尽力をつくしているのだろうか。A 県のI 山では、どのような木々が人々に木陰を与え、花々は誰に抱かれるのだろう。ぼくの思うことは本には書かれていなかったが、想像するひとときは楽しかった。 今朝の楽しみは、その男のおかげで延期となった。 ..........つづく
それは奇妙な感触の雨だった。髪が濡れていることを、あれ、と思わせるような、優しさを含んだ、悪意のないイソギンチャクの触手に触れられたような。上に目を遣ると木々が生い繁っていて、空は見えないが、どうやら晴れているみたいだ。狐の嫁入り、不思議な言葉だ。空から落ちてくるわずかな水滴を折り重なる広葉樹の葉がさらに濾過している。そしてそれは、霧のようにあいまいとした存在ではなく、春の昼の木漏れ陽の中にキラキラと光る水の核を持った雨だった。 ぼくの探しものも、こんなふうに現れるのかもしれない。 そんな思いを漠然と頭の中で反芻しながら、一歩を踏み出したとたん、濡れた草の波に足をのまれて尻から斜面を滑り落ちてしまった。ぼくが歩いていたのは、桜の花は疾うに散って新緑の葉桜となり、若草が萌えだした丘陵地だった。 アパートに戻って、草汁と土砂で汚れた綿のズボンを脱ぎ。緑に茶褐色の混じった幾筋もの尻のしみを見つめ、そこに残る黒い斑点を丹念に数えた。しばらくして洗濯機にほりこみ、またしばらく泡の渦を眺めていた。 雨はすでに何ごともなかったかのように止んでいる。 冷蔵庫から缶ビールをだしてひと口飲み、それから、バスタオルで忘れさられていた髪をふいた。かすかな生臭い香りがした。いままで歩いていた丘陵の木々の精気と、精気を失っていくときの水の香りが染み付いているようだった。 丘陵はアパートのすぐ後ろに広がっていて、横手の階段を降り、裏道に出て、破れた金網のフェンスをくぐるとほんの三分ほどで迷路のような散策が可能だった。その裂け目は駅への近道でもあるため、住人の誰かが不法行為を働いたものらしい。だらだらと坂を下るアパート正面の道からだと、大きく迂回することになり丘陵へは三十分はかかった。 洗濯したての T シャツに着替え、ジーンズをはき、テレビのスイッチをいれると、午後のワイドショーの時間で、どのチャンネルに合わせても同じ芸能人の話題だった。やりきれない気持ちでスザンヌ・ヴェガの『ルカ』を聴こうとビール片手にCDプレイヤーに近付くと、画面が変わったのか、ワイドショーの女性アナウンサーが口早に 「また幼児虐待致死事件がおきました」と言った。 .........つづく
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