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ぼくは、朝、出版社で出会った男との会話を思い起こした。 「昨日、また子供が親に殺されたらしいなぁ。ひどい親がいるものだ。といっても、この手の事件は珍しくなくなってしまったけれど。一体、日本はどうなってしまうのだろう。お兄さん、不安にならないか?」 「オレの生まれた時代はまだ、貧しさが残っていた。だから、親たちは努力した。経済的にも子育てにもね。でも、虐待死を起こす親たちは、何も努力していない。自分の言うことを聞かない、泣き声がうるさかった、そんなことは子供の特権じゃないか。いい大人が泣きじゃくっているんじゃないよ」 「こういう親は死刑にすべきだよ。だって、自分の分身を殺したんだよ。分身が死ぬってことは自分も死ぬということだ。そう思わない? 神様だって放っておかないだろう。もっともオレは無神論者だから、社会、国家の名において死刑にするべきだと思うんだよ」 新聞によると、事件のあらましは次のようなものだった。Q市M町に住む、無職の父親が泣き止まない息子を殴り、気絶したところを布団でくるみ押し入れに三日間放置し、死に至らしめたというものだった。仕事から帰ってきた母親は息子の居場所を問い正したが、夫の実家に預けた、という言葉をそのまま信じていたという。確かにこのところ連鎖反応のように起こっている事件の一つだった。ただ、この事件が少し特異だったのは、同居していた母親方の祖母が見て見ぬふりをしていたことだった。祖母もまた、義理の息子の暴力を恐れていた。母親は自分の分身のみならず、もう一つの分身、実母さえも失ったことになる。 ぼくはテレビのコメンテーターとさほど変わらない男の話をじっと聞いていた。それはほとんど独り言だった。ぼくはひと言だけ男に 「お母さんはご健在ですか」 と尋ねた。 ぼくは一時間ほどでビールを四本空け、煙草を六本吸い、少しふらふらしながら帰りの電車に乗った。P駅に着いたら、天気もいいことだし、アパートと反対方向にある西部公園に行こうと思いながら、しばらくの眠りについた。 ..........つづく
by alnovel
| 2007-04-17 22:29
| 酒精小説
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